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河村勇輝の中学時代、父親の影響と高校時代までのエピソードも紹介!

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22歳にしてバスケ日本代表をけん引するエースとして注目の河村勇輝選手。持ち味の高速ドリブルと切れ味の良い3Pは中学校時代や父親の影響があったそうです。
そこで、今回は河村勇輝の中学時代は?父親の影響が大きかった!エピソード!について紹介していきます。

河村勇輝の中学時代のエピソード!

河村勇輝選手は、小学生からバスケを経験していたこともあり、中学1年生の時からすでにバスケットボールのスタメンメンバーとして活躍し、県大会での優勝を経て中国大会に進出。

中国大会では岡山の強豪、玉島北中学校に敗れはしたものの、この試合でトッププレイヤーとの対戦で悔しい思いを経験し、バスケットボールへの情熱を一層高めたとのこと。

また、中学2年生の夏には再び県大会で優勝し、中国大会でベスト8入りを果たし、中学3年生になると、キャプテンとしてチームを牽引し、全国大会(全中)にてベスト16に進出。大会での活躍が認められ、ベストファイブに選出されました。

バスケと学業の両立は?

一方で、河村選手は学業でも優れた成績を収めていたことでも知られています。河村選手の父親は中学の教師でバスケットボール部の顧問でしたが、河村選手はバスケットボールだけでなく勉強にも力を入れていました。

河村選手は週に3回学習塾に通い、200人の学年で常に上位の成績を維持。もともと地元の進学校への進学を考え、教育系の国立大学に進み体育教師になることを目指していたとのこと。

そして中学3年の夏休み頃、河村選手は父親から福岡の名門、福岡第一高校からの誘いがあることを知りました。当初は迷いがあったものの、悩んだ末河村選手は12月になってバスケットボールを本格的に追求する決意を固めました。

その後、福岡第一高校に入学した河村選手は、高校バスケットボールの最高峰であるウインターカップで2連覇を達成するなど、輝かしい成績を収め、高校時代には全国大会で4回のタイトルを獲得し、三大大会での主役として活躍し、Bリーグ、そしてバスケ日本代表へと着実にステップアップしています。

今の河村選手があるのも、中学校時代の敗戦でバスケへの考え方が変わったそうです。1つの経験が意識を大きく変えたエピソードですね。

河村勇輝の父親の影響と深い絆!

河村勇輝選手の父親である河村吉一さんは、英語教師でありながらバスケットボール部の顧問を務めていました。

河村選手が中学に進学した際、彼は父親が教鞭を取る柳井中学校に入学。
河村選手に対する父親の指導は他の生徒と同じように厳しく、息子であるということを隠さずに、先生としても父としても尊敬をしていたとのこと。父親を尊敬するのはとても素敵な姿ですよね。

また、幼い頃から河村選手は父親とバスケットボールを楽しんでおり、家の庭にあるリングで一緒にシュート練習をしていたとのこと。
父親から河村選手はバスケットボールの基本と技術を学び、「バスケは楽しむもの」という教えを受けて、自分のペースで練習を積んでいました。バスケと河村選手の出会いは父親の河村吉一さんの影響が大きかったと言えます。

努力の天才!驚きのエピソード

そして特に驚くべきエピソードとして毎日1000本ものシュートを目標にしていたことが、河村選手の現在にも続くシュート技術の基礎に大きな影響を与えているそうです。1日1000本って驚きの数字です。河村勇輝選手は努力の天才とも言えます。

河村選手は、今まで父親からのアドバイスやエールを数多く受けてきたとのこと。
中学3年生の時、福岡第一高校からの誘いに悩んだ際には「決めたことならサポートする」と父親に励まされ、さらに高校時代には父親が試合を観戦し、常に河村選手を応援してくれたことが大きな支えとなったそうです。

また、Bリーグデビューの際には「本物のサインを集めるのが趣味だけど、今日は息子のサインが欲しい」という父親の言葉に河村選手はとても感動したそうです。これも河村選手と父親との素敵なエピソードです。

現在も河村選手は、父親からのアドバイスやエールを胸に、バスケットボールに情熱を注ぎ続けています。このように、河村選手とバスケの出会いから、バスケへの情熱も父親との深い絆があってこそ今の河村勇輝選手がいることが分かります。

プロフィールと今後の目標!

河村勇輝選手は、2001年5月2日生まれの22歳で、山口県柳井市の出身。
家族構成は、教師でバスケ部顧問の父親、保育士の母親、そして二人の姉の5人家族で育ち、血液型はB型で、利き手は右です。

河村選手がバスケットボールを始めたのは6歳の時。
幼い頃からバスケ好きの父親の影響で自宅の庭に設置されたバスケットボールリングで父親と一緒にバスケをして遊び育ちました。

しかし、実は小学2年生までは野球にも興味を持ち、父親とのキャッチボールやお風呂での手首のスナップ練習に励んでいたとのこと。
そして、河村選手は小学3年生になると地元のミニバスケットボールチームに加わり、バスケットボールに本腰を入れ始めました。

影響を受けたNBA選手は!?

小学6年生の時にはミニバスで全国優勝を経験し、この間は田臥勇太選手やNBA選手のプレイを見て学んでいたとのこと。小学生時代のミニバスからすでに全国優勝を経験してることが驚きですよね!
河村選手のスター街道は小学生時代から始まっていたのです。
また、現在の河村選手の華麗なパスさばきも、田臥選手の影響が大きいのかも知れません。

河村勇輝選手のポジションはポイントガードで、チームの攻撃の司令塔として活躍。
河村のプレースタイルは、類まれなるそのスピードと勝負強い3Pと高いシュート技術、そしてリーダーシップが際立った特徴です。

河村選手はスピードあるドリブルで相手ディフェンスを破り、レイアップや3ポイントシュートで得点を重ねることで知られていますが、高校時代のBリーグデビューでは、3ポイント成功率37.3%を記録。いきなりの記録とその勝負強さに、記憶にも残る衝撃のプロデビューでした。

戦績としても中学3年生で全国ベスト16に進出し、高校時代には全国大会で4回ものタイトルを獲得、三大大会での中心選手となり、高校時代からすでに全国区のスター選手でした。

そんな、輝かしい受賞歴がある河村選手の今後目標は、日本代表のポイントガードとして日本を代表し、NBAへの挑戦とのこと!これは夢ではなく実現間近な目標としてバスケファンとしてはぜひ、応援したいですよね!その前に日本代表としてパリ五輪での活躍が楽しみです。

高校時代のエピソードは?

河村勇輝選手は、高校バスケットボール選手として全国大会で次々と素晴らしい実績を築き上げました!
河村選手は高校時代に全国大会で4度のタイトルを獲得、高校三大大会の中心選手となりました。

特に高校2年生の冬にはウインターカップで先発ポイントガードとして活躍し、決勝で桐光学園高校を破り、チームを優勝に導きました。
続く高校3年生の夏にはインターハイで全国優勝を達成し、その冬にはウインターカップで見事2連覇を果たし、大会のベストファイブに選出。

また、高校3年生の時には天皇杯・皇后杯全日本バスケットボール選手権大会にも出場し、三遠ネオフェニックスの特別指定選手として加入。

河村選手は高校生ながら、21得点10アシストというダブルダブルを達成するなど、彼の才能は目覚ましいものがあり、一躍Bリーグのスター選手の仲間入りを果たしました。

続いて、高校3年生の時、河村選手は特別指定選手としてBリーグの三遠ネオフェニックスに参加し、プロの世界への一歩を踏み出しました。

河村選手はその時18歳8ヶ月23日という若さで、B1リーグの史上最年少での出場及び得点を記録し、新たな記録を樹立。河村選手の活躍は記録ずくめです。

その後も河村選手は、その素早いドリブルと正確なパスでチームを支え、特に3ポイントシュートの精度の高さで得点を積み重ねBリーグでの経験を通じて、彼は自身の能力と向上すべき点を把握し、日本代表のポイントガードとしての地位を確立する成長を遂げています!

世界が認められた河村勇輝!

また、河村選手は2023年にフォーブスの30アンダー30アジアに選ばれる栄誉を受けました!
このリストはアジアの10の分野で活躍する30歳未満の若者を選出するもので、河村選手はエンターテインメントとスポーツ部門での選出。

河村勇輝は日本のバスケットボール界に新たな風を吹き込む存在としてフォーブスから高い評価を受け、この選出について「自分のこれまでの取り組みが認められたと感じます。しかし、これからもさらに成長し、力をつけていきたい」とのコメントを残しています。まさにワールドクラスの活躍とそれが世界的にも注目されている証ですよね。

 

河村勇輝の今後の展望と目標とは?

河村勇輝選手は、2023年3月に東海大学を中退し、プロバスケットボール選手としてのキャリアに専念することを選択したことがニュースにもなりました。

河村選手の今後の展望と目標は、2024年のパリオリンピックに日本代表のポイントガードとして出場すること!とのこと。

この目標を達成するためには、2023年に開催されるバスケットボールワールドカップでアジアのトップに立つことが重要。そのために河村選手は、ワールドカップへの準備として、Bリーグの横浜ビー・コルセアーズでプレーすることを決め、横浜ビー・コルセアーズとの3年間の契約を結び、チームの中心選手として日本一の座を目指しています。

2022年2月には、河村選手が日本代表候補として初めて選出されました。
代表候補として合宿や試合に参加し、チームへの貢献を果たし、河村選手は、代表候補メンバーの中で最年少ながら、そのスピード、シュート力、そしてリーダーシップで目立った存在となり、チームメイトや監督からの信頼を実力で獲得。

河村選手は、バスケットボールワールドカップのメンバーに選出されることを目標に掲げ、日本代表のポイントガードとしてさらなる成長を遂げるために日々試合に練習に励んでいます。

河村選手は、NBAでのプレーを夢見ており、その目標に向けて努力を重ねています。

河村選手は幼い頃から田臥勇太選手やNBAの選手たちのプレイを見て育ち、身長や体格の不利を克服してNBAで活躍できる選手になることを志し、Bリーグや日本代表での経験を通じて、自身のスキルと向上すべき点を把握し、NBAへの挑戦に向けて準備を進めています。

河村選手は、将来的にNBAドラフトにエントリーすることを目指し、そのための努力を続けています。田臥選手や渡邊選手、八村選手につづくNBAプレーとしての河村勇輝選手を早く見たいものです。

河村勇輝の中学時代は?父親の影響と高校時代まとめ

今回はバスケ日本代表のエースとして注目の河村勇輝選手の中学時代は?父親の影響が大きかった!エピソード!について紹介してきました。

小学生のミニバス、中学校時代から活躍し、スター選手として活躍し続ける河村勇輝選手。その背景には、バスケ好きや河村選手をいつも支えてくれる父親の存在が大きかったようです。

河村選手も父親を尊敬しながら、学業とバスケの両立や福岡第一高校からのスカウト、など人生の岐路に差し掛かった時、きっと父親からの応援の言葉が後押しになり現在の輝く河村勇輝選手へと成長したことが想像できますよね。

これからも河村勇輝選手の日本代表、パリ五輪での活躍を応援していきましょう!

河村勇輝の年俸(年収)、所属チーム、出身校、プロフィール情報まで!
バスケW杯で活躍した河村勇輝選手は一躍日本中で有名になりました!そこで今回は、河村勇輝選手の年俸(年収)所属チーム、出身高校、プロフィール情報!について詳しく紹介していきます。

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